死後事務のこと(穏やかな死について)

死後事務
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穏やかな姿

 30年くらい前、一人暮らしの高齢の女性のご遺体に出合いました。その女性の部屋で、亡くなったままの姿に出合い、そのお姿を拝見することとなりました。
 巡回中の私は、アパートの室内で居住者が亡くなっているかもしれないとの知らせを受けて、その女性の部屋に入ることとなりました。
 そこでご遺体と巡り合うこととなりました。
 その姿は、朝、起床してから敷布団の上に足を伸ばして上半身を起こして座っていました。
 季節は初冬の頃であったと印象として残っていて、足には暖をとるために掛布団がかけてあり、肩にはカーディガンをかけていたと記憶しています。
 はっきりと覚えているのは、女性は両手に新聞の折込み広告を持ち、頭からその広告をのぞきこむような形で亡くなっていた姿です。
 部屋の中は、物が少なく整理整頓されていてスッキリとしているのも印象的でした。


穏やかな死から感じたこと

 私は女性のご遺体の姿勢を見てすぐに「あっ、おばあちゃん、新聞の折込み広告見ながら逝っちゃったんだ。」ということが理解でました。
 そしてまた、「新聞の折込み広告見ながら逝くことができるなんて、幸せな死に方だな。」とも思いました。
 新聞の折込み広告を見ている最中にお迎えが来て逝ってしまうのならば、死の恐怖を感じる時間が短くてすむだろう、という意味で、そのように思ったのでした。
 ひょっとすると、死ぬことが怖いなんて一瞬も思わずにスッと逝ってしまったのかもしれないな、とも感じました。


 

幸せなスタイル

 私には、その女性の死の姿は、幸せな死のスタイルだな、との印象が残りました。
 このような印象が残ったのは、それまでに仕事を通じて接した数々の亡くなった方々の姿があまり穏やかなものではなく、荒んでいたりしたものが多かったからでした。
 特に一人暮らしの男性高齢者の部屋には安価な焼酎のペットボトルが散らかり放題で、その傍らで亡くなっているなどの姿であったり、何かの途中で突然に呼吸が苦しくなったり胸が苦しくなったりしてそのまま息絶えたような姿勢で亡くなったような姿に接することがたびたびありました。
 このような人の死に接し、このような姿で人生の最後を迎えるなんて、どんなものなのかと疑問には感じました。
 ですから、新聞の折込み広告を見ながら布団の上で暖をとって亡くなる姿を接して、私は穏やかな、気持ちがホッとするような気持ちを抱いたのです。


 

あとを生きる人に与えること

 その女性が亡くなった姿を拝見したのは約30年前、私が30歳のころのことです。
 その後定年退職までの約30年間、気持ち的にも体力的にも消耗していた現役警察官の時には、女性の亡くなった姿を思い起こす余裕はありませんでした。
 その日その日の仕事や生活を乗り切ってくのに精いっぱいだったのだと思います。
 そしてこうして定年退職をむかえて職業人生を顧みたときに、最初に思い起こされたのはその女性の亡くなった姿でした。
 自分は警察官として十分な仕事は出来なかったのかもしれないな、という後悔じみた気持ちがあった反面、その女性の亡くなった姿に接することができたことが、気持ちの中の財産のように思えたのです。
 自分自身が高齢者となり、どちらかと言えば死に近い年齢となるにつれて、脳裏にあった女性の死の姿が呼び起こされたのだと思いますし、私も死ぬときには「あのような穏やかに」最期をむかえたいという気持ちを持ちました。 
 
 死はもちろん怖い、未経験ですから恐ろしいものです。
 しかし、その女性が示してくれた「穏やかな死の姿」は、「死ぬことは恐ろしいこと」という漠然とした不安感を拭ってくれたように思いました。接した私の気持ちの中に「死ぬことはそれほど恐ろしいものではないのかもしれない」との安心感をもたらしてくれた、生きてゆく上での安心感を得たようなそんな感じを精神的に与えてくれたように思えるのです。


穏やかな死とは

 穏やかな死とは、死ぬことを自覚することもなく、スッと逝ってしまうこと。前日までピンピンと元気に生活していて、その翌日にはコロッ(PPK)と苦しむことなくスッと逝ってしまうことだと思います。
 その姿はあとを生きる者の人生の不安を和らげます。
 自分もそのように穏やかに死を迎えたいという気持ちを起こさせます。
 私自身もそのような死を迎えたい、そのように逝きたい、生きたいと思います。
 そして同じ時代を生きる方々が穏やかな死を迎えることのお手伝いがしたい、逝くこと、生きることのお手伝いがしたい、と思うこのごろです。
 ありがとうございました。

 

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